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2008年12月25日

ムンバイ(ボンベイ)

今年の11月にインドのムンバイで多数の死傷者が出たテロ事件がありました.テレビのニュースをみながら,「ムンバイってどこだろう?」と不思議に思っていました.かつて2年間もアジアとヨーロッパを旅していたことがあり,その間もっとも長く滞在したのがインドで,5ヶ月間を過ごしました.広い国なので隅から隅までというわけにはいかなかったけど,おおよそ一回りしたのでたいがいの都市は知っているつもりです.ムンバイがかつてのボンベイだということをようやく後で知りました.1995年にボンベイからムンバイに呼称が変わったようです.私があの都市にいたのはたしか1日か2日だったと思いますが,おおよそインドらしくない街だったように記憶しています.
ムンバイ(ボンベイ)の街並み

インドの政治的な中心は首都であるデリーですが,商業的な中心地はムンバイ(ボンベイ)で,近代的な建物が建ち並ぶこざっぱりとした街の印象でした.画像右側のイタリア風ドームがある建物が今回のテロの現場にもなった「タージ・マハル・ホテル」です.
ムンバイ・タージ・マハル・ホテル

もう一つ印象的だった建物がボンベイ大学の図書館入り口になっている時計塔・ラジャバイ・タワーです.イタリア・ゴチック風の建物で,設計はイギリスのジョージ・ギルバート・スコットです.ちょっと私の母校早稲田大学の大隈記念講堂の時計塔を思い起こさせます.
ボンベイ大学図書館時計塔

あれほど悲惨なテロ事件だったのに,その後の世界的な経済不況のニュースに押しやられてか,その後はあまり報道もされなくなりました.国外で日本人がテロに巻き込まれて命を落とすということも,なんだか珍しくないようになってきたように思います.どうにもやりきれない思いがします.

2008年12月09日

北国における教室の向きと景色の見せ方

とある中学校の設計コンペで審査員に案の説明をし質疑となったところで,審査員の一人から突拍子もない質問を受けました.私達の案は普通教室を中庭に面して南向きに配置してありました.そのことを指して「これだと教室からは中庭の反対側のいつも影になった壁を見ることになるわけで,それは借景の見せ方として日本的ではありませんね?」というのです.私にはその時とっさには意味がわからず答えに窮しました.「借景??日本的???」意味不明です.後から考えて彼がいいたいのは景色の見せ方についてだと理解しました.わかりやすく言うとこういうことです.窓から景色を見るとき,その窓が南向きだと景色そのものはその背後から太陽光が注ぐいわゆる逆光になるので影になってよく見えません.逆に部屋の窓が北を向いていると,そこから見える景色は正面から太陽光を浴びた順光の状態になるのでよく見えることになりますが,部屋自体は北を向くことになるので部屋には陽が入らないことになります.

彼の指摘はよくよく考えてみるといくつも間違いがあります.まず彼は「借景」という言葉を使いましたが,教室からの中庭の見え方を問題にしているようなのでただ単に「景色」というべきです.「借景」というと自分の敷地内の景色に加えて,遠くの山や川,あるいはよその敷地の家や樹木など自分の敷地以外の風景も景色の要素に取り入れるという意味合いに使われる言葉だからこの場合適切ではありません.おそらく借景という言葉の意味をよく理解せず,風景や景色と同じような意味をちょっと小難しく言ったら専門家らしく聞こえてかっこいいぐらいのつもりで使ったのでしょう.でも,本来の意味を取り違えて言葉を使うことは専門家として恥ずかしいことです.次に彼は順光で景色を見せるのが日本的だと思いこんでいるようですが,これは明らかに間違いです.逆光よりも順光のほうが対象がよく見えるのは万国共通の理で,なにもそのことを日本人だけが気付いていたわけではありませんし,日本だけの特殊事情や日本独自の価値観によるものでもありません.西洋の住宅にはピクチャー・ウィンドウ(picture window)という窓の形式があります.風景の一部をまるで一幅の絵のように切り取って見せる大きな窓のことです.もちろんこうした窓を設けるときはそこから見える景色への光の当たり方を意識するものです.彼がなぜ順光での景色の見せ方が日本的と考えるようになったのかは不明です.そんな自分勝手な思いこみを当然のことのように押しつけられても困ります.ちなみに彼が使った「借景」という言葉の概念も日本固有のものではなく,中国にも西洋にも同じような考えがあります.
そして最大の間違いは,北海道のような寒冷地の学校において普通教室は南に向けて陽がたくさんはいるようにして,明るさと暖かさを確保するというのが最優先されるはずで外の景色の見え方などよりよほど重要だということをわかっていないことです.たしかに学校でも美術室などは南向きにすると季節や時間によって日照の変化が激しいのであえて北向きにして間接光の安定した光を入れるようにするという考えはあります.また,沖縄のように日射をコントロールして暑さ対策を優先しなければならない風土もあるでしょう.でも今回は寒冷地の北海道です.しかも生徒の過ごす時間が長い普通教室では南向きに配置するというのは建築の専門知識の問題ではなく「常識」で判断できることです.さらに驚くというかあきれるというかこの人物は審査員の中で唯一「建築の専門家」として町外から招聘された,さる学校の建築計画の先生なのです.私がここまで怒りを持ってこの人のことを述べるのは,ここまで的はずれなことを,おまえ達はこんなことも知らないのかといった高圧的な態度で発言したからです.聞くところによると私達以外の参加者に対しても同様にとんちんかんな意見を,とても失礼な態度で述べていたようです.明らかに何か勘違いをしています.そして常識がないくせに建築に関して持っている知識を間違ったかたちで「俺はこんな専門知識を知っている」とひけらかす態度があからさまに見えるからです.「それは借景の見せ方として日本的ではない」などと,一見大層見識の高い専門家が難しいことを言ったようで,実はその内容は全然つじつまが合っていないのだからあきれます.
コンペに案を出す方は,必死の思いで考え寝る間を惜しんで作業にあたります.当然経費も相当かかります.そのようにして参加しているのですから,少なくともその審査はもう少しましな人にしてほしいと思います.